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竹浜の2011年3月11日のこと 3.11 in TAKENOHAMA

後藤家が所属する宮城県漁協石巻東部支部は、5つの集落で成り立っており、たった10世帯で構成される「竹浜(たけのはま)」は、なかでもいちばん小さい集落です。この浜は、2011年3月11日に発生した東日本大震災により、大津波に飲み込まれ、ほとんどの家が全壊してしまいました。

地震のあとは来たる津波に備える。これは浜暮らしの鉄則です。あの日、ちょうど漁に出ていたおとうちゃんとごっちゃんは一旦浜に戻って荷を下ろし、ごっちゃんは大急ぎで着替えて再び船をこぎ出しました。「ちょっとの菓子パンと飲み物も持たせてやったんだっちゃ」お母さんの優しい思いとともに、沖へ、沖へと船を出す漁師のごっちゃん。津波は、陸にいれば「押し寄せるもの」に感じるけれど、海上では「水位が増し、潮の流れが速くなる」だけ。命の次に大切な財産である漁船を被害から逃すため、危険をもろともせず、漁師はこうして、より遠くへ、水かさの増す沖へ繰り出すのです。

「GPSが壊れているのかと思った」と、その時を振り返るごっちゃん。同時に、海面がみるみるガレキで埋め尽くされるのを目の当たりにして「ただごとではない」ことを直感するのです。「それでも、漁師は船がなければダメだからさ」。寒さに震えながら心細い思いで、たったひとり船上の夜を過ごします。
一方、浜ではおとうちゃんの指示に従って家族や集落の仲間が高台へ避難。その中には、臨月の妊婦さんも、2ヶ月の孫もいます。この災害により、集落でひとつの命も失われなかったのは不幸中の幸い。とはいっても、なにしろ未曾有の大天災。ほとんどの住民が一切の家財を失い、1年経った今、気丈に漁を再開する者もいまだ1/3にとどまっています。

こんな経験を経て、命を賭けて守り抜いた船で再びカキ漁ができることは、竹浜の漁師たちにとって、何にも代え難い喜びであるに違いありません。青空に逞しい彼らの笑顔が、明日も海の上で明るい未来を見つめていられるように、このプロジェクトは旗を揚げ、船をこぎ出すことにしたのです。